「国に九年分の蓄えがなければ不足の国という」
中国の古典「礼記」にある言葉だ。大阪大学名誉教授・湯浅邦弘氏のコラムでこの言葉に出会い、しばらく考え込んだ。2500年前の言葉が、今の日本にこれほど刺さるとは思わなかった。
令和の米騒動——食の備えはどこへ
2024年夏、スーパーの棚からコメが消えた。南海トラフ巨大地震の臨時情報、大型台風——重なった不安が消費者を買い走らせ、あっという間に品薄になった。「令和の米騒動」と呼ばれた。
2024年以降、米の価格は2023年と比べて2倍前後に上昇した。主食のコメがもはや贅沢品と言われる事態になった。日本の食料自給率は2024年度でカロリーベース37〜38%。4年連続で足踏みが続いている。九年分どころか、一年分の備えも心もとない。
食料危機は日本だけの問題ではない。ロシアのウクライナ侵攻以降、各国が自国優先に走り、2025年1月現在、17カ国が食料輸出禁止措置を実施している。日本が「お金を出せば買える」という前提は、もはや成り立たない時代になりつつある。
2026年ナフサショック——見えない備えの欠如
2026年2月末、中東情勢の緊迫化によるホルムズ海峡封鎖が、日本の産業サプライチェーンに深刻な打撃を与えた。プラスチックや合成繊維の原料となる「ナフサ」が不足し、食品ラップ、住宅設備、断熱材——日常生活のあらゆる場面に影響が及んだ。
原油輸入の約9割を中東に依存する日本は、国際アナリストから「最も大きな影響を受ける国」と指摘されている。ナフサの民間在庫はわずか約20日分。しかもナフサには国家備蓄制度がない。原油には約254日分の国家備蓄があるのに、そこから生まれるナフサには備えがなかったのだ。
食料もエネルギー原料も、日本の「備え」の薄さが改めて浮き彫りになった。
オイルショックの教訓——学んだはずだったのに
日本はかつて、備えの大切さを痛感した経験がある。
1973年の第1次オイルショック当時、日本の1次エネルギーに占める石油の割合は約77%にのぼっていた。その後、省エネ技術の開発と代替エネルギーの推進が進み、石油依存度は約35%まで低下した。1975年には石油備蓄法が制定され、国内需要の約8ヶ月分に相当する石油備蓄が整備された。
あの時代、日曜日の自家用車利用の自粛、暖房の設定温度の引き下げ、深夜のテレビ放送自粛——国民全体で節約に取り組んだ。危機を全員で乗り越えた。
しかし今回は違う。2026年の危機においても、日本政府は明確な需要抑制措置を講じておらず、国民に節約を呼びかけることもしていない。主要国の中でも例外的な対応だという。オイルショックで学んだはずのことが、半世紀を経て薄れてしまったのだろうか。
世界はどう動いているか
海外に目を向けると、危機をむしろ転換の好機と捉えている国がある。
EUはロシアによるウクライナ侵攻を機にエネルギー政策の大転換を迫られ、「REPowerEU」計画のもと再生可能エネルギーの導入を国家戦略として加速させた。ドイツは2030年に電力の80%を再生可能エネルギーで賄う目標を掲げ、太陽光・風力の大規模拡大を進めている。
「化石燃料の輸入依存は、その国の外交・意思決定を制約する」——専門家はそう指摘する。エネルギーの自給は、単なる経済問題ではなく安全保障そのものだということだ。危機が来るたびに対症療法を繰り返すのか。それとも構造から変えるのか。世界はすでにその答えを出し始めている。
化石燃料からの脱却——足踏みの現実
日本の電源構成は2023年度で火力発電が約68.6%を占めている。再生可能エネルギーは22.9%まで増加しているものの、電力の約7割が依然として化石燃料に依存している。
政府はGX(グリーントランスフォーメーション)として10年間で20兆円規模の投資を掲げている。方向性は示されている。しかし現実の転換は遅い。コメもナフサもエネルギーも、問題が起きてから動いている。
遺訓が問いかけること
礼記はこうも言う。「三年の蓄えがなければ国家とは言えない」と。備えは平時に作るものだ。危機が来てから備えを論じても遅い。
オイルショックで学んだはずだった。令和の米騒動でも気づいたはずだった。それでも同じことが繰り返されている。
2500年前の言葉が、これほど現代に通じるとは。先人の遺訓に、もっと謙虚に耳を傾けるべきではないか。
そんなことを、新聞の一隅で静かに考えた。


コメント