デッドスペースの数十万円

——モノづくりへの気概について

事業主との木軸検査でのこと。壁が張られる前の段階だからこそ、パイプスペース(PS)の中が丸見えになっていた。そこで、使われていないスペースが発見された。

設計段階では通気管のスペースとして計画されていたものだ。しかし配管ルートの変更により、不要になっていた。そのことは、設備担当も設計担当も、計画段階あるいは着工時には気づいていたはずだ。

それでも、誰も声を上げなかった。

億ションにおける「0.〇㎡」の重さ

昨今、都心の分譲マンションは億ションと呼ばれる価格帯が珍しくない。1㎡あたり数百万円という水準だ。

たった0.〇㎡のデッドスペースであっても、それは数十万円に相当するスペースだ。施主にとっては、決して小さくない損失ではないかと思う。

気づいていたのに、なぜ動かなかったのか

ミスではない。知っていて、動かなかった。

配管ルートが変更になった段階で「このスペースが空きます。有効活用できないでしょうか」——その一言があれば、計画の段階から対応できた。

木軸の段階で気づけたことは、まだ救いだったかもしれない。竣工後では手の打ちようがなかった。結果として今回は、事業主からの提案でリネン庫を一つ増やすことになった。しかし本来は、作り手側から提案すべきことではなかったかと感じている。

収納スペースという視点から

マンションは収納スペースに限りがある。だからこそ、ちょっとした壁の有効利用が住み心地を大きく変えることがある。

オプション変更を見ると、もっと有効活用できるのではないかと感じることが多々ある。そうしたオプション提案を担うインテリアコーディネーターの知識や発想に、物足りなさを感じることがある。施主の生活をより豊かにできる可能性が、まだまだあるのではないかと思っている。

以前、マンション1室の総リノベーションを手がけたことがある。依頼主が身内ということもあり、気兼ねなく相談しながら進めることができた。カーテンボックスの上も収納スペースとして有効活用するなど、細部にわたって使い勝手を追求した。納得いくものが出来上がり、10数年経った今でも喜んで住んでくれている。

その経験があるからこそ、無駄はできるだけなくしたいと思っている。

憤りを感じたのは、ごく少数だった

今回のことを重く受け止めた人間は、現場でもごくわずかだったように思う。

「まあ、こんなこともある」——そういう空気が流れていた。

それが現実なのかもしれない。しかしそれでいいのだろうかと、思わずにはいられなかった。

モノづくり以前の話として

億ションを作るということは、施主の人生をかけた買い物に携わるということだ。数十万円のスペースを見過ごすことは、技術的な問題ではなく、仕事への気概の問題ではないかと感じている。

設備なのか設計なのか、責任の所在を問いたいわけではない。ただ、この仕事を生業とするものとして、施主のスペースを守ろうとする意識を持ち続けてほしいと思う。

そうした気概が、モノづくりの根底にあるべきではないかと、今日の一コマを通して改めて感じた。

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